神奈川県横須賀市に坐す、春日神社(十嶋大明神)です。
いきなりデカイ狛犬さんが迎えてくれます。
御祭神:天児屋根命・日本武尊・伊弉諾尊・素盞嗚命・天照大神・海津見命・少彦名命・宇賀御魂命・木花咲耶姫命
関東では珍しく、春日の武神2柱が祀られていません。
社殿前の狛犬さんは、なんとなく建物とのバランスがあっていないカンジですよね。合祀された神社のものが使われているのか、旧社殿のものを使っているのかもしれませんね。それにしても、尻尾のカール具合がハンパない。サザエがくっついているんじゃにかというぐらいグルグルです。しして、阿吽でビミョーに巻き具合が違うのも面白いですね。
御神紋。
神輿庫前の狛犬さん、いわゆる、はじめタイプ。愛嬌があっていいですね。石目を見ると、石像用のものではなく、近くの崖から採取したようなカンジで、ローカル感があります。
境内社。
春日神社由緒記
神社名 春日神社、
創建 平安時代と伝えられている、
鎮座地 横須賀市三春町三丁目三十三番地、
祭神 天兒屋根命外十柱、
境内社 豊守稲荷神社、
例祭日 七月三十日、
神事 旧暦三月三日猿島への船渡り、
神殿 春日造銅板葺三十坪、
境内坪数 八五〇坪
由緒沿革 本社の鎮座地旧公郷は、藤原氏の荘園であった為、奈良の春日大社より分霊勧請したと伝えられる。古くは猿島に鎮座し、猿島他小島九ツを合せ十嶋故十嶋大明神とも称され、公郷一円の鎮守であった。
猿島全島を境内とし、旧三月三日には藤原氏の奉幣使として、鎌倉の深沢村より梶原氏の一族である梅沢氏が参向し、田津の浜より艫の音勇ましく、関係者一同島に渡り神楽を奏し祭典を執行した。併し、朝夕参拝する氏子の為に古来より現在地に遥拝の為の社があった。向きは今とは全く反対で、拝殿より猿島に向って拝するという世に稀な社であった。拝殿の後には樹齢七百年の大松があたかも門松の如く一対となっていたが、昭和二十六年、虫害の為切倒し、現在切株のみあり。
社殿は弘化年間以後、数度再建造営の棟札あり。弘化四年、江戸防備の為、猿島に台場建設に当り、幕府及び川越藩それぞれ三再疋の献絹あり。明治五年十月、村社列格、社殿正面二間、奥行三間、境内地四千六百三十坪と届けられた。
この神聖な神域猿島も、漸く時代の推移と共に軍用地となり、社殿移転の止むなきに至り、明治十七年、現在地の社殿に遷座されたのである。明治四十二年、公郷一円鎮座の十五社十柱を合祀し、指定村社となる。大正十二年の大震災の為、社殿倒壊す。里人恐燿し再建を譲り、昭和十一年七月、現在の社殿を造営遷座す。
氏子総代石渡氏の子孫相継ぎ、尚昭和四十九年十月三十日、神奈川県神社庁指定神社に昇格。現在に至る。
宝物 鏡一面、銘藤原金良経六寸、重量八十匁、年月日不詳。
大神輿一基 俗称五百貫、神輿として古来より伝えられる三浦百基の内、現在十数基の一基。氏子数 四千六百戸、崇敬者六百人。
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